ブロックチェーンSCガイド

脱炭素時代のサプライチェーン:ブロックチェーンによる炭素排出量管理のビジネス価値と導入論点

Tags: ブロックチェーン, サプライチェーン, 炭素排出量管理, 脱炭素経営, ESG, サステナビリティ, 経営企画

はじめに:脱炭素経営におけるサプライチェーンの重要性

近年、企業にとって脱炭素経営は不可避のテーマとなっています。気候変動への対応は企業の社会的責任に留まらず、新たなビジネス機会の創出やリスク管理の観点からも、経営戦略の重要な柱と位置付けられています。特に、企業の温室効果ガス排出量の大部分を占めるとされるスコープ3排出量(自社の事業活動に関連する他社の排出量)の算定・削減においては、複雑に絡み合うサプライチェーン全体での協力が不可欠です。

しかし、サプライチェーン全体での正確な排出量データを収集し、その信頼性を確保することは容易ではありません。多くの企業が、サプライヤーからのデータ収集の非効率性、データの形式不統一、そして何よりもデータそのものの信頼性の検証に課題を抱えています。こうした課題を解決し、透明性の高い炭素排出量管理を実現する技術として、ブロックチェーンが注目されています。

本稿では、経営企画部長の皆様がサプライチェーンにおける炭素排出量管理にブロックチェーンをどのように活用できるのか、そのビジネス価値、導入における論点、そして考慮すべきリスクと対策について解説します。

サプライチェーンにおける炭素排出量管理の現状課題

サプライチェーンにおける炭素排出量管理の難しさは、その構造的な複雑さに起因します。

  1. データの分断と不透明性: サプライチェーンは複数の企業、地域、輸送手段を跨がっており、排出量に関連するデータ(例:使用エネルギー量、輸送距離、燃料消費量)は各参加者に分散しています。これらのデータを一元的に収集し、共有する仕組みが不足しています。
  2. データの信頼性確保の難しさ: サプライヤーから提供される排出量データが、算定基準に則っているか、改ざんされていないかを確認することは容易ではありません。データの信頼性が担保されなければ、算出される排出量も信頼性に欠けるものとなります。
  3. 算定・報告基準への対応負担: GHGプロトコルなどの国際的な算定・報告基準に準拠するためには、網羅的かつ正確なデータ収集と複雑な計算が必要です。これは、特にデータ収集体制が整備されていない中小サプライヤーにとって大きな負担となります。
  4. 改善活動への繋がりにくい現状: 収集したデータが信頼性に欠ける、あるいはリアルタイム性に乏しい場合、具体的な排出量削減に向けたボトルネック分析や改善活動に繋げることが困難になります。

これらの課題は、企業の脱炭素目標達成を阻害し、ESG評価やステークホルダーからの信頼低下リスクに繋がる可能性があります。

ブロックチェーンによる炭素排出量管理へのアプローチ

ブロックチェーン技術は、その分散型台帳の特性により、サプライチェーンにおける炭素排出量管理に新たな可能性をもたらします。

ブロックチェーン活用による具体的なビジネス価値

サプライチェーンにおける炭素排出量管理へのブロックチェーン導入は、単なる技術導入に留まらず、経営に資する多様なビジネス価値をもたらします。

  1. 信頼性の高い炭素排出量算定と報告:
    • サプライチェーン全体からの信頼性の高いデータに基づき、スコープ1, 2, 3排出量を正確に算定できます。
    • 監査可能な不変の記録により、ESG報告書や開示情報に対する外部評価や信頼性が向上します。株主、投資家、顧客からの期待に応える強力な根拠となります。
  2. 排出量削減機会の特定と効率的な改善:
    • サプライチェーン内の各拠点の排出量を高い粒度で可視化することで、排出量が多いボトルネック工程やサプライヤーを特定し、効果的な削減施策を講じることができます。
    • リアルタイムに近いデータアクセスにより、迅速な意思決定と改善活動が可能になります。
  3. サプライヤーエンゲージメントの強化:
    • 透明性のあるデータ共有は、サプライヤー自身の排出量管理への意識向上を促します。
    • 排出量削減に貢献したサプライヤーを可視化し、評価やインセンティブに繋げることで、サプライヤーとの連携を強化できます。
  4. ブランド価値と競争優位性の向上:
    • サステナビリティへの真摯な取り組みとして、透明性の高い炭素排出量管理は顧客や消費者の共感を呼び、ブランドイメージ向上に貢献します。
    • 脱炭素規制が強化される国際市場において、信頼性の高い排出量データは貿易障壁の回避や競争優位性の源泉となり得ます。
  5. 将来的な炭素市場への対応:
    • 信頼性の高い排出量データ基盤は、将来的に導入される可能性のある炭素税や排出量取引制度への対応、あるいは炭素クレジット取引への参加基盤となります。

導入に向けた論点と考慮事項

ブロックチェーンをサプライチェーンの炭素排出量管理に導入する際には、いくつかの重要な論点を検討する必要があります。

  1. 目的とスコープの明確化:
    • ブロックチェーンで何を達成したいのか(例:スコープ3排出量の正確な算定、特定の製品のカーボンフットプリント追跡、サプライヤーへのデータ開示義務化など)、管理対象とする排出量の範囲(スコープ1, 2, 3のどの範囲か、サプライチェーンのどの段階か)を具体的に定義することが重要です。
  2. データソースと連携戦略:
    • 排出量データの発生源(例:工場での電力消費データ、輸送時の燃費データ、原材料の排出原単位)を特定し、これらのデータがどのようにブロックチェーンに取り込まれるかを設計する必要があります。既存のERP、SCM、IoTセンサーなどからのデータ連携方法を検討します。
  3. サプライチェーン参加者の合意形成とオンボーディング:
    • ブロックチェーンネットワークへの参加に対するサプライヤーを含む関係者の理解と協力を得る必要があります。導入のメリットを明確に伝え、参加への障壁を下げるためのサポート体制を構築します。
  4. 適切なブロックチェーンプラットフォームの選定:
    • パブリック、コンソーシアム、プライベートなど、要件に合ったブロックチェーンの種類を選択します。サプライチェーン参加者の数、データの機密性、トランザクション量、スケーラビリティ、コスト、運用管理の容易さなどを評価軸とします。既存のサプライチェーン向けブロックチェーンプラットフォームも有力な選択肢となります。
  5. 法規制・基準への対応:
    • GHGプロトコルに加え、各国の環境規制や報告義務、データプライバシーに関する法規制を遵守する設計が必要です。ブロックチェーン上のデータがこれらの要件を満たすかを確認します。
  6. コスト評価とROI分析:
    • PoC(概念実証)段階から本番稼働に至るまでの開発コスト、プラットフォーム利用料、運用保守費用、参加者のシステム改修費用などを試算します。これらのコストに対して、信頼性向上、効率化、ブランド価値向上、リスク低減といったビジネス価値がどのように貢献するかを定量的に評価し、ROIを分析します。

導入におけるリスクと対策

ブロックチェーン導入には、期待される価値と同時にリスクも伴います。経営企画部としては、これらのリスクを事前に把握し、適切な対策を講じることが求められます。

まとめ:脱炭素経営戦略におけるブロックチェーンの戦略的位置づけ

脱炭素経営は、もはや環境部門やCSR部門だけの課題ではなく、企業全体の競争力に関わる経営戦略の根幹です。サプライチェーンにおける炭素排出量管理は、この戦略を推進する上で避けて通れない重要課題であり、その解決策としてブロックチェーンは強力なツールとなり得ます。

ブロックチェーンによる透明性と信頼性の高いデータ基盤は、正確な排出量算定・報告を可能にし、外部からの信頼を獲得するとともに、具体的な削減機会の特定やサプライヤーエンゲージメント強化に繋がります。これらの価値は、企業のブランド価値向上、新たなビジネス機会の創出、そして持続可能な成長に貢献します。

経営企画部としては、ブロックチェーン技術そのものの詳細よりも、それが自社のサプライチェーンにおける炭素排出量管理の課題をどのように解決し、どのようなビジネス価値をもたらすのかという視点で評価を進めることが重要です。導入に際しては、明確な目的設定、関係者の合意形成、データ連携戦略、適切な技術・パートナー選定、そしてリスク管理を計画的に行うことが成功の鍵となります。脱炭素時代のサプライチェーンをリードするために、ブロックチェーンの戦略的な活用を検討されてはいかがでしょうか。