ブロックチェーンSCガイド

サプライチェーンのブロックチェーン導入戦略:アジャイルな価値検証によるリスク低減とビジネスインパクト

Tags: ブロックチェーン, サプライチェーン, 導入戦略, アジャイル, 価値検証, リスク管理, MVP

はじめに

企業の経営企画を担う皆様におかれましては、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進が喫緊の課題かと存じます。その中でも、サプライチェーンの効率化、透明性向上、レジリエンス強化は、競争力維持・強化において極めて重要視されています。ブロックチェーン技術は、これらの課題に対する有効な解決策として注目されていますが、その導入には不確実性や投資対効果(ROI)の見極め、技術的なハードルといった懸念が伴うのも事実です。

従来のITシステム導入では、大規模かつ長期にわたるプロジェクトが一般的でしたが、技術の進化や市場の変化が速い現代において、このようなアプローチはリスクを伴う場合があります。特に、まだ発展途上にあるブロックチェーン技術を複数企業が連携して導入する場合、事前に全ての要件を定義し、計画通りに実行することは困難が予想されます。

本記事では、サプライチェーンへのブロックチェーン導入を検討されている経営企画担当者向けに、リスクを低減しつつビジネス価値を最大化するための「アジャイルな価値検証」に焦点を当てた導入戦略と、その考慮事項について解説します。

サプライチェーンDXにおける従来型導入アプローチの課題

サプライチェーンは、複数の企業、システム、地域を跨がる複雑なネットワークです。このネットワークにブロックチェーンを導入するということは、単一企業内のシステム刷新とは異なり、関係者間の合意形成、既存システムとの連携、新しい技術への適応など、多くの調整と検討が必要となります。

従来のウォーターフォール型の導入アプローチでは、まず全ての要件を定義し、設計、開発、テストを経て本番稼働に至ります。この手法は、要件が明確で変化が少ないプロジェクトには適していますが、以下のような課題が考えられます。

これらの課題は、特にブロックチェーンのような新しい技術を、不確実性の高いサプライチェーンの環境に導入する際に顕著となります。

アジャイルアプローチによるブロックチェーン導入戦略の可能性

このような背景から、サプライチェーンへのブロックチェーン導入においては、より柔軟でリスク分散型の「アジャイルアプローチ」が有効な選択肢となり得ます。アジャイルアプローチとは、開発プロセスを小さなサイクルに分け、計画、設計、開発、テスト、評価、改善を繰り返しながら進める手法です。

サプライチェーンへのブロックチェーン導入にアジャイルアプローチを適用することの主な目的は、単に開発手法を変更することだけでなく、早期にビジネス価値を検証し、関係者からのフィードバックを取り入れながら、不確実性に対応していくことにあります。

アジャイルな価値検証の具体例:MVPによる段階的導入

アジャイルな価値検証の中心となる考え方に、MVP(Minimum Viable Product:実用最小限の製品)があります。これは、想定されるビジネス価値を検証するために必要最小限の機能だけを実装したプロトタイプやシステムを、早期に実際のユーザーや関係者に利用してもらい、そのフィードバックに基づいて次の開発サイクルで機能追加や改善を行うというものです。

サプライチェーンにおけるブロックチェーン導入の文脈では、例えば以下のようなMVPが考えられます。

これらのMVPを通じて、以下の点を早期に検証することが可能になります。

MVPでの検証結果が良好であれば、そのスコープを徐々に拡大したり、別の機能をMVPとして開発・検証したりすることで、リスクを抑えながら段階的にシステム全体を構築していくことができます。

アジャイルな価値検証がもたらすビジネスメリット

サプライチェーンへのブロックチェーン導入にアジャイルな価値検証を取り入れることは、経営企画の視点から見て以下の重要なビジネスメリットをもたらします。

  1. リスクの低減:

    • 大規模な初期投資を行う前に、小さな範囲で効果や実現可能性を検証できます。想定外の課題や期待した効果が得られない場合でも、早期に方向転換や撤退を判断できるため、投資が無駄になるリスクを最小限に抑えることができます。
    • 技術的な不確実性や既存システムとの連携、複数企業間での調整といった課題も、早期に発見し対策を講じることが可能です。
  2. ROIの見極めと最適化:

    • MVPを通じて具体的なビジネス価値の検証や効果測定を早期に行えるため、投資に対するリターン(ROI)をより正確に見極めることができます。
    • 効果の高い機能やプロセスから優先的に導入・強化することで、投資対効果を最大化する戦略を柔軟に取ることができます。
  3. ステークホルダーの理解促進と協働体制構築:

    • 実際に動くシステム(MVP)を早期に関係者(社内各部署、サプライヤー、顧客など)に見せ、利用してもらうことで、抽象的な議論では難しかったブロックチェーンの価値や具体的な利用イメージの共有が進みます。
    • 関係者からの率直なフィードバックを開発に反映させることで、真にニーズに合ったシステム構築が可能となり、導入後の定着や利用促進にも繋がります。
  4. 市場変化への適応:

    • 短い開発サイクルと継続的なフィードバックにより、市場ニーズや競合環境の変化、新しい技術の登場などにも柔軟に対応し、システムを継続的に改善・進化させることができます。
  5. 段階的な投資負担:

    • 一度に巨額の投資を行うのではなく、段階的に投資を分散させることで、財務的な負担を軽減し、キャッシュフローの最適化を図ることが可能です。

アジャイル導入戦略における考慮事項と推進ステップ

アジャイルな価値検証を伴うブロックチェーン導入を成功させるためには、以下の点を考慮し、戦略的に推進する必要があります。

  1. 明確なビジネスゴールの設定: アジャイルは手段であり、目的ではありません。MVPを通じて何を検証し、最終的にどのようなビジネス価値を実現したいのか、全体像と目標を明確に設定することが出発点となります。
  2. 適切なMVPのスコープ設定: 解決したい具体的な課題に基づき、必要最小限で検証可能な機能や関係者範囲を見極めることが重要です。スコープが広すぎるとウォーターフォール型に近づき、狭すぎると価値検証になりません。
  3. 技術とプラットフォームの選定: ブロックチェーン技術そのものや、採用するプラットフォームが、アジャイルな開発や変更に柔軟に対応できるか、将来的な拡張性があるかといった視点も重要です。
  4. 関係者の巻き込みとコミュニケーション: 特に複数企業が関わる場合、アジャイルの考え方や開発サイクルを共有し、定期的なフィードバックや意思決定を行うための密なコミュニケーション体制を構築する必要があります。関係者間の信頼構築が成功の鍵となります。
  5. 価値測定指標(KPI)の設定: MVPによって何をもって「成功」「価値あり」と判断するのか、具体的な指標(例:データ入力時間、照合エラー率、問い合わせ件数削減率、関係者の満足度)を事前に定義しておくことが不可欠です。
  6. 継続的な改善文化の醸成: MVPの成功で終わるのではなく、そこから得られた知見を次の開発サイクルに活かし、システムとプロセスを継続的に改善していく組織文化を醸成することが重要です。

リスクと対策

アジャイルなブロックチェーン導入にもリスクは存在します。例えば、スコープクリープ(当初の範囲を超えて機能要求が増え続けること)、関係者間の認識齟齬、技術的な課題への対応遅れなどが挙げられます。

これらへの対策としては、厳格な優先順位付け、定期的な全体像の確認と関係者間の合意形成、ブロックチェーン技術に知見のある専門家の確保、アジャイル開発に適した契約形態の検討などが有効です。

まとめ

サプライチェーンへのブロックチェーン導入は、大きな可能性を秘めている一方で、従来のIT導入とは異なる不確実性や複雑性を伴います。企業の経営企画を担う皆様におかれましては、この不確実性に対応し、投資リスクを抑えながら最大のビジネス価値を引き出すための戦略として、アジャイルなアプローチと価値検証の考え方を取り入れることを検討する価値は大いにあると存じます。

MVPによる早期の価値検証を通じて、ブロックチェーンが貴社のサプライチェーンにもたらす具体的なメリットを見極め、関係者の理解と協力を得ながら、段階的に導入を進めることで、成功への道をより確実に切り拓くことができるでしょう。

貴社のサプライチェーンDX戦略の一環として、ブロックチェーン導入におけるアジャイルなアプローチの採用について、専門家との相談を含め、具体的な検討を進められることを推奨いたします。